野菜の一生に触れて


はかない(儚い)という言葉を辞書で調べてみました。

将来確実にどうなるという目あてが無い。

「人の命は-----(=いつ終わるかわからない)」

新明解国語辞典第6版より抜粋

なぜそんな言葉を改めて調べたかというと、夏野菜の青春時代から朽ちていくまでが

とてもあっという間に感じたためです。

さいのね畑での研修開始から丸2ヶ月が過ぎました。

7月に青春真っ盛りだったトマトのシンディースイート、アイコ、イエローアイコ。

最も美味しい状態のものを選ぶ収穫作業は、毎回楽しみでした。

それが7月後半から8月初旬にかけて、見た目や味が変わって行き、あっという間に収穫終了に。

きゅうりも、毎日毎日、取りきれないほどたくさん収穫していました。

それが8月に入り、黄色い葉が目立ってきたと思ったら急に実の数が減って行き、中旬に収穫終了に。

両者とも、最後の1〜2週間の変化は早かった。

青春がずっと続けば良いのに!と思った。

拙く、当たり前で、アホな表現ですが、「あ、生き物なんだ」ということを実感。

「食育云々だとか、命のありがたさを感じて食べましょう。」

なんてことを声高に言うつもりは無いのですが、

スーパーの陳列棚に並んでいる「ある生き物の一生から切り取られた、ほんの1シーンのみ」を手に取って食べる生活とは大きく異なる感性を刺激されています。

人に利用されてきた野菜ではあるけれど、生き物であって、その一生のサイクルは短い。

そのサイクルに常に触れていると、つい人の一生に重ね合わせてしまいます。

自分の人生、まだまだあと30年は「7月のトマト」の範囲内でなきゃな!

写真は、枯れゆくきゅうりに咲く花とハチとカエルさん


みんな、必死に生き抜いて、子孫を残し、残そうとしては枯れていく。その繰り返し。

〜今日も明日も一歩ずつ、トコトコと良い方向に向かいますように〜

#研修日記 #内にあるもの

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